橋本左内の漢詩となれば、詩吟で最もお馴染みの作品です。彼の26歳の生涯をそのまま表現して始まります。橋本左内の漢詩はこれだけではないのですよと、幕末の志士とは意識されないものを取り上げてきたのですが、彼の場合、長編の古詩をたくさん作ってこられたことを情けないことに後から知った次第で、少ない七絶でも代表作のこの七絶を2か国語吟唱にしてみました。訓読漢文では吟唱しにくかったため訳詞とさせていただきました。
 動画の中でも簡単に紹介しましたが、『橋本景岳全集』を確認すると、起句下三字が松平春嶽公の記録写真画像では「夢裡過」なのが、印刷されたものでは七絶としては孤平という禁忌を犯しているためでしょうが「如夢過」に改められています。画像横の説明にありますが、獄中から伝えられて春嶽公に届けられた作品であるためでしょうか。全集では、「第九章景岳詩文集」の中への取り上げられ方が他の作品とは異なり、第八章までの文書や書簡をもとに時間軸で編集された「第七章幽囚時代及び最後」に、春嶽文庫からとして吉田松陰の嘆きも付されて収録されています。
 伴奏は、ハードロック調にしました。Vocaloid6のLucasに吟唱してもらいました。
 なお、「天祥」と「正気歌」ですが、文天祥の書いた『正気歌』は、左内たち幕末の志士たちにとってのバイブルみたいなもので、広辞苑によると「①宋末、元軍に捕らえられた文天祥が、大都(北京)の獄中で作った五言の古詩。忠臣の気概を詠ずる。②幕末、藤田東湖が作った五言古詩。当時の士気を鼓舞し、尊王の気分を養うのに力があった。吉田松陰の作もある。」とあります。

《獄中作三首其二》橋本左內(中日雙語吟唱 第51作)
  提起橋本左內的漢詩,這是詩詞吟誦中最廣為人知的作品。它以他26歲的生涯為開端,直接表達了他的人生。我一直試圖介紹一些不被認為是幕末志士的作品,想告訴大家橋本左內的漢詩遠不止這些。然而,慚愧的是,我後來才知道他創作了許多長篇古詩。因此,即使是少數的七言絕句,我也嘗試用雙語吟唱他的代表作。由於訓讀文難以吟唱,所以採用了譯詞。
  正如我在視頻中簡單介紹的那樣,查閱《橋本景嶽全集》後發現,起句的後三個字在松平春嶽公的記錄照片圖像中是“夢裡過”,而在印刷版中則改為“如夢過”,這可能是因為“夢裡過”犯了七言絕句中孤平的禁忌。正如圖像旁邊的說明所示,這可能是因為這首作品是從獄中傳出並送達春嶽公的作品。在全集中,這首作品的收錄方式與其他作品不同,它被收錄在根據第八章之前的文書和書信按時間順序編輯的“第七章幽囚時代及最後”中,並附有吉田松陰的歎息,來自春嶽文庫。
  伴奏採用了硬搖滾風格。Vocaloid6的Lucas進行了吟唱。
  此外,關於“天祥”和“正氣歌”,文天祥所寫的《正氣歌》是左內等幕末志士們的精神支柱。據《廣辭苑》記載:“①南宋末年,被元軍俘虜的文天祥在大都(北京)的獄中創作的五言古詩。歌頌了忠臣的氣概。②幕末時期,藤田東湖創作的五言古詩。有力地鼓舞了當時的士氣,培養了尊王的情緒。吉田松陰也有同名作品。”