日中2か国語詩吟は、中国語による吟誦の旋律に伴奏を加え、その同じ伴奏の上で、日本語漢字音や訓読などの日本語訳でも歌うという試みです。

 中国語による詩の音声化では、音読や朗読を進化させた朗詠がありますが、さらに節回しをつけた吟詠、吟誦などと呼ばれるものがあります。表にまとめてみました。私の試みを、詩吟と呼ぶのは適当ではないかもしれませんが、漢詩を歌うという点で日本では定着している「詩吟」(詩歌吟誦)の語を使いました。「日中バイリンガル吟誦」と呼んだりしたこともありました(Youtubeで使用)。日本の詩吟や中国の吟誦も完全に定着した語とはなっていないようでもあり、私も、吟誦・吟唱・吟詠・詩吟の中で、特にこれとのこだわりがあるわけでもありません。

 日本における漢詩の音声化については、明治大学の加藤徹先生が詳しく説明してくださっています。明治に入る前までは、日本人はお経のように漢字音でも漢詩等を歌っていたが、明治以降、特に日清戦争以降、訓読による詩吟が愛国心や国粋主義を鼓舞するものとして尊重されたのに対し、明清楽などの字音による歌は敵性語、敵性音楽として遠ざけられていったようです。

 さて、曲節をつけた音声表現において一定の制約がかかるのは、日本語や中国語の特性に起因します。強勢アクセント言語の英語などと違って、高低アクセント言語の日本語や声調言語の中国語では、言葉の高低を逆にした旋律にするとわかりにくいものになります。音楽の時間に、歌曲の作詞の意味を重視して作曲されたメロディーでは高低が反映されていることを習ったことを今さらながら思い出しています。中国語吟誦においても、声調の動きに逆らわない節回し(「依字行腔」と言われている)をしています。また、現代中国語では消失した入声音についても、詩の中にリズムを生み出す重要要素とされているのでしょう、吟誦教育では、「短くつまらせて」と指導されているようです。日本語漢字音においては、中古中国語の規則を残しており、その歴史的仮名遣いによる漢字音読み2音の2音目が「ふ、く、つ、ち、き」であることで識別できます。私の中国語吟誦には、中国語にも逆導入して、故意に末尾にp、t、k音をつけて「短くつまらせて」吟誦するようになりました。

 ここで採り上げる吟誦は、中国語の個人の吟誦や伝承吟誦、または、吟誦のないものについては中国語の声調や平仄を意識して旋律を付した中国語吟誦を元にしています。節回しを作っていくにあたっての依字行腔と中古中国語と現代中国語との関係を、次の表にまとめてみました。入声の動きがまず初めに決まります。そこに、現代中国語の四声の動きにあわせた旋律となります。

 こうして、日中2か国語詩吟の作り方も定着してきました。次のような工程になってきています。最近は、ボーカロイドが日中英3か国語に対応するようになったので、そちらの利用も始めています。